「茶を以て和を成す。」 ― 熊本・益城町から“まるくあまい一杯”を届ける。「お茶の富澤」四代目の挑戦

熊本県上益城郡益城町で90年以上の歴史を誇る「お茶の富澤」。震災を乗り越え、自社農園から製造・販売・喫茶までを一貫して手がける、地域で唯一の茶農家です。
今回は四代目・富澤堅仁さんに、創業からの歩み、お茶づくりへの想い、そしてこれからの展望について、じっくりお話を伺いました。
——まずは御社の歴史について教えてください。
「うちのお茶づくりの始まりは、昭和4年まで遡ります。曾祖父、平(たいら)富澤平が高知県四万十市に研修に行った際に、お茶の種を分けてもらい、それを自分の畑に植えたのが最初のはじまりでした。
当時は、畑全体の中でお茶の占める割合なんてほんの少しで、9:1とか8:2くらい。野菜などの他の作物の片隅に、ちょっとだけ植えてるっていう感覚だったと思います。
その後、2代目である祖父・雅之の代になって、お茶を本格的に植えるようになりました。祖父が本腰を入れ始めた頃、ちょうど父も現場に関わり始めたんです。そこで大きく舵を切ることになりました。
製茶機械を導入して、工場を建てて、本格的にお茶の生産体制を整えていこうという話になったのがそのタイミングです。うちの“お茶の富澤。”としての土台は、まさにその頃に築かれたと思います。」
「お茶の富澤。」の創業は昭和4年。
当初はお茶だけでなく、他の野菜とともに、市場などへの出荷がメインで生産していましたが、祖父の代で事業をお茶一本に絞り、父の代で小売販売に特化し、益城町の中心街に小売店を開業し約25年にわたり営業を続けてきました。
しかし、2016年の熊本地震で自宅と店舗を喪失。
「畑と工場だけが奇跡的に無事だったんです」と富澤さんは振り返ります。
実はその1年前、父親が心臓の病で倒れ、ちょうど事業承継の準備を進めていた最中でした。
震災により一時中断を余儀なくされましたが、2017年に事業を正式に継承し、2018年1月11日には法人化。「株式会社お茶の富澤」として新たなスタートを切ります。
同年7月14日には、小売店再建の第一歩として直営店舗、「日本茶専門店Greentea.Lab」をオープン。
さらに2023年3月には、リニューアルした熊本空港の搭乗ゲート内に2号店「TEASUTAND Tsuguto」を出店し、お茶の魅力をより広く発信する場を生み出しました。
——お茶業界の変化についてはいかがでしょうか?
「お茶の価格が一番高かったのは、平成11年頃なんです。あの頃は日本経済のバブル期と重なっていて、お茶業界にとっても非常に良い時代でした。」
そう話す富澤さんは、業界の大きな転換点についてこう語ります。
「お茶の歴史を振り返ると、ちょうど50年ほど前に“深蒸し茶”という製法が登場しました。それまでは煎茶が主流でしたが、静岡や鹿児島などで製茶機械が大規模化し、生産効率が上がったこともあり、深蒸し茶がどんどん広がっていったんです。」
そのちょうど同じ時期に、富澤さんのご両親が事業を継承。家庭用需要が高まる中で、「青くて、苦味と渋味のある深蒸し茶」が全国的に普及していきました。
「当時、母はそうした市場の変化にとても敏感でした。“問屋に卸すより、自分たちでお客様に届けたい”という夢を持っていたんです。そこから小売店を始めたのが、だいたい30年前になります。」
——お茶作りで大切にされていることは何でしょうか?
「私たちが手がけているのは、煎茶の中でも“蒸製玉緑茶”というお茶です。実は熊本県は、玉緑茶の生産量で全国一の産地なんですよ。」
そう語る富澤さん。しかし、現在の産地の実情は厳しいと言います。
「熊本地震の影響もあって、うちの町ではお茶農家が一気に減ってしまいました。以前は3軒あったんですが、残る2軒は離農されて、今ではうち1軒だけになってしまったんです。」
そうした環境の変化とともに、日本のお茶文化にも大きな転換点が訪れました。
「2000年代に入ってからのライフスタイルの変化は、本当に大きなものでした。そうした時代の流れに合わせて、私たちもお茶のつくり方を少しずつ変えています。」
伝統を守りながらも、変わることを恐れず、新たな試みを続ける姿勢。富澤さんは続けます。
「私の代になってからは特に、時代に合わせるということをより意識しています。新しいお茶のかたちを模索しながら、変化に応じたものづくりを心がけているんです。」
「私がつくっているお茶のテーマは、“まるくあまい”なんです。強い渋みや苦味でどっしりとした“ボディー感”のあるタイプではなくて、口に含んだときにふわっとやさしく、甘みが広がるような味を目指しています。」
言葉を選びながら、富澤さんはこう続けます。
「“しぶい”とか“重い”とか、飲んでいて重たく感じるものではなくて。まるくて、軽やかで、すっと体に馴染むようなお茶。そういう一杯を届けたいんです。」
——経営理念についても教えてください。
「私たちの経営理念は『茶を以ってて和を成す。』という言葉です。」
「私はこの“和”という考え方が何よりも大事だと思っていて。人と人が争わず、憎しみや妬みもなく、皆が笑顔で笑い合っている。そんな状態を“和”というんだと思っています。」
「お茶に関わるすべての人たち――茶農家も、お茶を扱うお店の人も、そして飲む人も。みんながそういう状態でいられるように。“和”が広がっていくために、お茶というものがひとつのきっかけになれたらと思っているんです。それが、この会社を立ち上げたときに定めた、私自身の最終的な目標です。」
「いま、抹茶を中心に海外からの需要がものすごい勢いで高まっています。今年は特に激動でしたね。価格でいうと、抹茶は去年の3倍、場所によっては6倍というところもあって、それでもまだ足りていないという声をよく聞きます。」
需要が高まるからこそ、より本質的な価値をお茶に込めたい――そんな想いが、富澤さんの言葉からにじみ出ます。
「こうした状況下でも、私たちは変わらず“和をなせるお茶づくり”を大切にしていきたい。飲んだ人が笑顔になれるような、やさしい一杯を、これからも届けていきたいと思っています。」
Greentea.Labについてはいかがですか?
「時代の流れに合わせて、お茶のライフスタイルも本当に多様化してきたと感じています。」
「昔は当たり前だった“急須で淹れる”という文化も、特に若い世代ではかなり少なくなっています。だからこそ、私たちはまず“お茶を楽しむ”という原点を深めていく場所をつくりたいと思ったんです。」
その想いをかたちにしたのが、自社店舗「Greentea.Lab」です。
「コンセプトは“急須で楽しむ”。でも、それだけにとどまらず、ティーバッグや粉末茶のような、ライフスタイルに寄り添った提案も柔軟に取り入れています。お客様の日常のなかに、どうやってお茶を自然に届けていけるか。そこには常にチャレンジしています。」
「ランチメニューも、すべて“お茶を楽しむための食事”として考えています。日本茶を使った甘味なども、季節に応じて用意していて、五感でお茶を楽しんでいただける場所にしているんです。」
——将来的にはどのような取り組みを考えていらっしゃいますか?
「有機のお茶って、まだ全国的には栽培面積が少ないのが現状なんです。」
そう語る富澤さんは、茶農家の置かれてきた厳しい現実に目を向けます。
「深蒸し茶が普及し始めたのはだいたい30年前、平成11年頃からお茶の価格が落ち始めて…。そこから、農家さんたちはずっと苦しい思いをしてきたんです。今年になって、ようやく価格が少し報われるようになってきた気もしますが、それでも恩恵を受けているのは一部の地域に限られています。」
長年、報われない状況に置かれてきた生産者たち。
それでも、富澤さんは「笑顔でお茶をつくれる世界」を目指し、次のステップを見据えています。
「今、私たちの考えに共感してくれる熊本県内の農家さんたちとグループを組んで、全国や海外のお茶屋さん、そしてお茶を求めてくれている人たちに、私たちのお茶を届けていきたいんです。」
一軒では届かない声も、仲間となら広がる。
地域と想いを重ねながら、富澤さんたちは“有機栽培のその先”を見据えて歩みを進めています。
有機栽培と聞くと、「体にはよさそうだけど、美味しくはない」と思う人も少なくない。
富澤さんは、そんな既成概念に真っ向から挑んでいます。
「お茶業界のなかでは、有機栽培のお茶に対して“軽い”“味がしない”“見た目がよくない”といった印象を持たれることが多かったんです。正直なところ、いいイメージを持っているお茶屋さんは少なかったと思います。」
だからこそ、目指すのは「味わいも、見た目も、香りも、慣行栽培のものに遜色のない」有機茶。
しかも、環境への負荷を抑えながら――という、難しい課題に正面から向き合っています。
「クオリティに妥協せず、それでいて地球にやさしい。そんなお茶づくりに挑んでいる農家さんこそ、もっと注目されるべきだと思うんです。」
さらに、富澤さんはお茶業界の構造にも言及します。
「今は問屋さんが流通の主導権を握っていて、値段も彼らが決めるケースが多い。けれど、私たちが届けているお茶には、それを作った農家さん一人ひとりの思いや背景があるんです。そのストーリーがきちんと評価されるような業界にしていきたい。」
“誰が、どう作ったのか”が正しく伝わる世界へ。
そのために、富澤さんはお茶づくりだけでなく、茶業界そのもののあり方にも新しい光を当てようとしています。
——若い世代に向けて意識されていることはありますか?
「ごまかさないことかなと思ってるんです。」
富澤さんがそう語るとき、その言葉には長年の葛藤と、確かな信念が込められています。
「平成の初期、高度経済成長から今までの日本って、添加物や化学調味料で“味をごまかす”ことが当たり前になってきたように感じるんです。私自身、飲食に関わるようになって、その“ごまかさずにおいしいものを作る”ということが、どれだけ難しいかを痛感しました。」
だからこそ、富澤さんは“本物の味”を、まっすぐに伝えたいと考えています。
しかし、そこには思いがけない壁もありました。
「今の若い人たちに、本物のお茶を飲んでもらうと“苦い”って言われることがあるんです。こっちは“まろやかで甘い”お茶を作ってるつもりなのに、です。」
その反応に驚きながらも、背景には大きな食文化の断絶を感じているといいます。
「たぶん、今の日本の10代の方も海外の方も、私たちが当たり前に知っている“本当の日本食”を知らない世代なんだと思います。出汁の味、お米の味、お茶の味。全部が“本物”を知らないまま育っているんじゃないかって。」
だからこそ、使命ははっきりしている。
「“これが本物のお茶の味だよ”“これが本当の出汁の味なんだよ”。そう伝えられるように、ちゃんとしたものを、ちゃんとしたクオリティのまま届けていく。それが、今の私たちの役割だと思っています。」
若者にも、海外の人たちにも、正直なおいしさがきちんと届くように。
富澤さんのつくる一杯には、味以上のものが込められています。
昭和4年の創業から三代にわたり受け継がれてきた「お茶の富澤。」は、熊本地震という大きな試練を経て、「茶を以て和を成す。」という理念のもと、新たな歩みを進めています。
時代の変化に柔軟に向き合いながらも、“ごまかさない”本物の味にこだわる姿勢は変わりません。
「まるくあまい」味わいを追求した一杯には、作り手の誠実さと優しさが込められています。
Greentea.Labを通じて急須文化の魅力を伝えつつ、ティーバッグや粉末茶などライフスタイルに応じた提案も行い、お茶の楽しみ方を広げています。
また、有機栽培の推進を通じて、持続可能な茶業界の実現にも挑戦し続けています。
次の世代へ、そして海外へ——
“これが本物の味だよ”と伝える気持ちを大切に、農家が笑顔でいられる業界づくりに取り組む「お茶の富澤。」。
その一歩一歩に、これからも注目が集まりそうです。